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妄想的「逃げるは恥だが役に立つ」最終回解説 ~みくりの救済~

妄想的にドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の最終回 、「みくりの救済」ともいえる回について自由に書いてみた。このブログ、読者はいないだろうし(^_-)

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みくりは「こざかしいシンドローム(仮称)」というべきものに心をむしばまれていた。

 

しかし、みくりのいうその「こざかしい」とは、実は、みくりが賢く聡明なことの象徴なのだ。

みくりは賢いがゆえに、世の中から「こざかしい」と疎まれ、拒否されてしまう。

カレにいろいろアドバイスしたり、派遣先の仕事で提案したりすることは、それを受ける側にとっては「こざかしい」ことにすぎない。女の言うことなど、はなから期待もしていないのだから。

 

この「こざかしい」という言葉には「女はバカなのだから、何も言うな」というニュアンスがある。「女はバカでカワイイのがいい」という言葉があるが、それと同じだ。男性が女性にもつ差別意識を表したものといえる。

みくりが大学院卒で臨床心理士資格を取得者なのを思い出してほしい。そんな知性があるのに社会は認めてくれない。いや、あるがゆえに認められないのだ。

 

差別する側が悪いにも関わらず、みくりは社会が認めてくれないのは自分がせいなのだと信じ込む。そして、自分が「こがさしい」こと(=自分が身につけている賢さ)を呪うようになってしまう。

 

これが、みくりの「こざかしいシンドローム(仮称)」の正体だ。

 

たまたま、みくりは、これまでのような人ではなく、平等で偏見なく接してくれる平匡と出会う。有能さを認めてくれるし、提案もきいてくれる。みくりは当然のように惹かれる。

みくりは、さまざま手をつくしてアプローチすることで、平匡は平匡で持つ「プロの独身シンドローム(仮称)」をなんとか突き崩すことができる。
こうして2人は相思相愛の幸せな仲となる。

 

が、平匡からのプロポーズの際、平匡に「専業主婦」的ライフプランを見せられて、みくりは愕然とする。

みくりの「こざかしい」を含めて理解してくれていると信じていた平匡がそうではないのではと思って。「それは好きの搾取」だと言ってそのライフプランを許せないことを平匡に告げる。

 

みくりはこの「搾取」発言を撤回して平匡に合わせば、結婚の幸せを得られると知りながら、もはやみくりはそれを撤回することができない。「こざかしさ」(知性)を捨て「バカでカワイく」にもどる、主婦になってくすぶる、ことなどできないからだ。

そもそも、やっさんと会話していたとき、専業主婦よりこちらのほうがいい、と契約結婚のアイディアを思いついた、そしてそれがの全ての始まりだったことを思い出してもらってもいい。


一度は、気を取り直して、平匡の話し合いで理解を得た「共同経営責任者」という分業プランを試してみるのだが、みくりは平匡が分業ミスを犯したときに、腹を立てひどく責めてしまう。

みくりは、自分の「こざかしさ」ゆえに平匡にこんな大きな負担を負わせている。こんな私では平匡をしあわせにすることできないと思い深く絶望する。

自暴自棄になったみくりは、2人は別れた方が平匡のためになる、と告げ、深い深い「こざかしいシンドローム(仮称)」に再びおちいってしまう。

 

この深いシンドロームからは抜け出せないように見えたが、洋匡は自分がみくりを救えると信じ、声をかける。みくりはその言葉を聞いて、ずっと自分だけでかかえていた「こざかしいシンドローム(仮称)」と闘い、2人の幸せのためにやり直そうと決心する。

 

こうして、みくりは救済された。。。